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今月の直言 |
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心臓は一時たりとも休むことなく、死ぬまでずっと動き続けています。凄い能力だと思いませんか? このような素晴らしいものがどなたにも備わっているはずです。だからこそ生まれてから死ぬまでの間に自分にはすべきことが必ずあると、すべての人に思いを巡らせてほしいと思うんです。 |
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(宇宿允人) |
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仏教は「慈悲」の宗教だと言われます。「慈悲」の「慈」はサンスクリット語で「マイトリー(請わずの友)」、「悲」は「カルナー(呻き)」です。私はこの慈悲を「人間は自分が苦しみや悲しみに呻吟した幅でしか人に優しくできない」と解釈しています。でも、宇宿先生のご著書を読ませていただいて、それぐらい厳しいことを自分に課さなければ、人を救うことはできない、あるいは人に本当の意味での慈悲や癒しを与えることはできないと強く感じました。 |
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(井原甲二) |
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映画というものは、人は傷つき合って許し合って愛を覚えるというテーマを描いてきました。親子、兄弟であれ、恋人、親友であれ、みんなそれぞれ価値観や幸福感が違う。相手のためにしてあげたことでも、傷つけてしまうことがある。しかし、そこでゆっくり努力して語り合えばお互いの気持ちを理解し合える。許し合って絆も生まれてくるわけです。それが人間としてあるべき姿だと思うのです。 |
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(大林宣彦) |
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リベリアの内戦では、死があまりにも身近にあって、五分後には自分もそこに横たわっているかもしれないと思いましたし、自分が「いま生きている」ということをひしひしと感じました。死と表裏一体となっている生を感じる場所、それが戦場でした。 |
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(高橋邦典) |
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人間を定義できていないにもかかわらず、誰もが人間を見分けることができると信じ、心の存在を疑わない前提で、社会のルールは決められています。人間はいかに曖昧で、不確かな世界に生きているかということです。 |
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(石黒 浩) |
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人間は他者に自己を投影させることができるようになり、他者を自分に取り込むこともできるようになった。しかし、これをネガティブに捉えると、他者に起こる悲劇が自分にも起こるかもしれないと思えば不安に陥るし、あるいは他者と自分を差別化して、自分の偉大さや愛おしさを増幅させてしまうことにもなってしまうのでしょうね。 |
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(山極壽一) |
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人間はそんなにすばらしくものではないかもしれないが、すばらしかろうとなかろうと、唯、生きていてはだめですか? 価値があろうとなかろうと人間は生きていてもいいでしょう? とある意味、居直って言っているんです。 |
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(立岩真也) |
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塾の子供たちには、与えられた問題を解く力はあります。そういう意味では、学習指導要領で問われる基礎基本はものすごくしっかりしている。でも、原理原則は分かっていないのです。これでは子供たちの未来が見えない。そう思い至った2000年頃から、僕たちは、「子供の学び」を中心に考えるプログラムへと移行してきたわけです。 |
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(高木幹夫) |
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塾と公教育とでは異なる目的があるものの、子供の未来を共に考える部分があってもいいはずです。 |
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(高橋史朗) |
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