2008年8月号
独慎抄
独慎抄  「残り時間ゼロ」 
主我さえも突き放すことができるか

 無差別に人を殺すような出来事が続いています。欲望の実現を自己実現と考える社会が、その根底としてあるのかもしれません。「私」の欲望のためにさまざまな現実を都合のよいように解釈するのでしょうが、欲望を貫くことのできる社会など成立しません。真事(まこと)に貫かれて、選びようのない現実の中で、それを受け止めて生きている理屈なしの姿、それこそが「ゼロ」の姿です。主我から離れては生きていけない人間ではあるけれど、その主我さえも突き放せるかどうか。欲望に人が動かされ始めれば、非人間的な行動はますます広がっていきます。生きている瞬間瞬間を「ゼロ」の時間であると定められるかどうかが問われています。
【特集】
ゼロの発想
【ビジュアル】
●写真 イシイ ヨシハル
遊戯三昧 はたらきのままに


世界を変えた「0」の発見
●國學院大學教授
真理を求める哲学的生き方の賜物

 0という数字はインド人によって発見されました。インドはそろばんの発祥の地でもあります。そろばんでは空位の玉は動かしません。しかし、位は存在します。それが0の視覚化につながり、中身だけがないゼロという概念が世界に広まったのです。インド人は、絶対的な幸福に至るために記憶力と論理的思考で真理を見出そうとします。そうすることで、分からないことを明らかにしたいという疑問力も観察力も洞察力も想像力も身につけていきます。そのような「哲学的生き方」が0の発見にも大いに関係しているようです。
0的生き方のすすめ
●京都大学名誉教授・数学者 森 毅
見方を変えれば、0も変わる!?

 かつて、0や1、2の捉え方は文化によってそれぞれ違っていました。マイナスでもプラスでもない、しかし、無限であり無でもある0。
 数学者、森毅氏は「リバタリアン」を自称しています。ものごとの捉え方にはさまざまあるという多様性を好む「リバタリアン」は、固定概念に囚われずに常に自分を「0」にできる「0的生き方」の人々とも呼べるのかもしれません。「リバタリアン」である森氏から見た「0」とはいったい何でしょうか? 数学から、またものの考え方から、森毅氏の「0」の世界を聞きました。


すべては「虚空」から生まれた
●鈴鹿短期大学学長・理論物理学者 佐治晴夫
宇宙の始まりから人間を知る

 自分が何から生まれたのか、この世界の始まりは何だったのか、ということは人間にとって永遠の課題です。しかし、ニワトリが先か、卵が先かというように、始まりに原因があっては、それをつくった原因は何なのか、さらにその原因をつくった原因は…と延々と本当の始まりに辿り着くことはありません。そこから考えられる答えとしては、今のところ、すべては「無」から始まったというよりほかないのです。私たちの原点はいわば「0」とも言えるでしょう。
 理論物理学者である佐治晴夫氏が私たちの原点である宇宙のビッグバンから人間の存在について語ります。


「花」を追う−世阿弥が観た幽玄というゼロの世界
●能楽師 宇高通成

衆生の救済のために立つ透明な世界

 能は、死者の心の叫びを演じながら、貧しい者、浮かばれない者を救済するためのものです。それを演じるために、世阿弥は演者自身が追究すべきものを山の頂のさらに高みに求めました。それを閑(しず)かで清らかな「幽玄」の世界と称しました。善悪も煩悩もない「無記(むき)」に身を置かずして死者の魂は捉えきれないと考えたのです。能楽師・宇高通成氏が求めるのも、そうした豊穣の世界です。


「無」の自覚
●京都大学名誉教授・宗教哲学者 上田閑照

「無」という智慧のはたらき

 欧米の「有」を絶対とする考え方と、東洋の「無」に究極性・根源性を見る考え方があります。「有」による自由を追求しようとする価値と、「無」にこそ底抜けの自由を見て取り、そこから積極性が生まれるとする価値の違いです。著者は、「無」からの智慧のはたらきとして、テーブルにこぼれた水に手を置いて「ああ冷たい、気持ちいい」と言ってその場の空気を和らげた人のこと、ある民家に泊まり何をするともなく過ごした良寛が立ち去った後に一家の人々が「おのずから和す」話などを挙げます。「無」への辛苦は人を優しくし、「無」への工夫が人を自由にします。そうした「無」の具体性を自分のものとして生きるためには「生死」という地点に立った自覚が問われることになります。

【好評連載】
RINGО白書<2>
家庭教育は国の土台
●NPО「家庭教育再生機構」
 理事長 長田百合子
プリンシプルからの視点<3>
日本の教育を崩壊させたもの
●日本学士院会員
・山形県教育委員会委員長 石坂公成
木下久雄ゴルフのところ
「天の章 気力編」死への覚悟が生を鮮やかにする
●日本プロゴルフ協会(PGA)理事
 木下 久雄
●コーディネーター
 ジャーナリスト・植田剛彦
いのちの泉<8>
ちあきなおみ−彷徨う歌姫の心
●宗教学者 山折哲雄
時空の旅人<7>
無を考える
●生物学者 長沼 毅
シュトゥットガルトの空から<8>
絶対に買い物のできない日
●作家 川口マーン惠美
二十世紀最後の武士(もののふ)外交官<7>
加瀬俊一とその時代
●外交評論家 加瀬英明
現代養生訓<8>
夏は生物の成長期、湿熱の健康法について
自然美システム研究所代表 萩原俊雄
高橋史朗の第三の教育論<62>
今日の「いじめ問題」にどう対処すべきか(上)
●明星大学教授 高橋史朗
文明の新地平<20>
グローバル化と「第三の開国」
●評論家・麗澤大学教授 松本健一
黙さず語らん<43>
独言の有効性
●作家 藤本義一
にっぽん人情小噺<32>
着物がほしい
●落語家 三遊亭鳳豊
未知なる輝きのところ
原点−“私”を甦らせるもの
●棋士 瀬川晶司
ザ・ビジネス・ドメインのところ
「変曲点」に立つ経営
●キリンホールディングス会長
 荒時康一郎
続・心語余滴<3>
【グラビア】
COSMOGRAPHY ●画家 千住 博
日に晒され風に吹かれ<150> ●写真家 浅井愼平
【歴史エッセイ】
日本の名山 その歴史と文化<99>
赤石岳 山麓の南朝秘史
●作家・文芸評論家 高橋千劔破
表紙写真 写真提供 NASA




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